春先になるとめまぐるしく天気が変わる。

寒暖の差も激しい。

ある風の強い朝ベランダに出ると、

黒い雲が風に流され、「風神雷神」の絵図みたいだ。

見とれていると、ビューと目の前をカラスが横切る。

間近でみるとデカイ、1mはある。

次から次へとあちこちから集まってくる。

10羽20羽、空一面カラスの乱舞。

「イイゾイイゾ、こっちまでクルクル回ってる気分。」

心が踊る。

やにわに脳内に太鼓の音。

歌舞伎の下座音楽で使う太鼓の音。

芝居の情景や人の心の動きを表したり暗示する、

江戸時代から続く日本独特の芝居技術だ。

ユーレイが出る時のドロドロドロドロは擬音ではなく、

薄気味悪い不安な心象を表す音楽だ。

特に歌舞伎特有の音表現として、

風、雨、雷、水音など自然音を巧みに心象音に置き換える。

芝居の場面と、進行する人間ドラマが重なり、

見る者の心に訴える力が倍増する。

低音で間を置いたテンポでドン•ドン•ドンと遠くに聞こえるのは「雷音」…

「風音」は風が雨戸を叩く音を模して、

バンバンバンーバンバンバン•バシャンと、

風の息まで表す。

川や海の波の音も、場所によって打ち分ける。

同じ川、例えば江戸の隅田川でも、両国橋の上流と下流では違う。

当然山側が早くて海側がゆるい。

「気が短い」「気が長い」の違いだ。

海の波音も実に多彩だ。

ちなみに、西洋の印象派に多大な影響を与えた北斎の「富嶽百景」や、

広重の「東海道五十三次」の浮世絵などの川や波、雨、雪、風などを表す点や線は、

とてもシンボリックで抽象画の様でもあり…

私の思うに、風や雨、雲を太鼓の音で表す抽象性とよく似ている。

そう考えると、江戸時代に作られた芝居技術は前衛美術であり、音楽でもある。

さて、眼前のカラスの乱舞、

「うーん、どんな太鼓かな。

ドーンビシュビューン、ピョンヒューイーン、バスバス、

ザーザードロドロドヒューンドロドロドーンドロ…………カァ!」か。