八月四日(土) 大須でまた一つ奇妙な「事」が始まる。

「お化け」。

昔から節分の行事で、特に花柳界に多く見られた。

芸妓が節分の夜に「お化け」と称して色々な仮装をしてお参りしたり、

馴染み客に来てもらって盛り上がる。

又一般でも、厄払いに参る人々が思い思いの変装をしたりと、

事の起こりは諸説あるが、一般に祭りに変装は付き物と言って良い。

ただそれが楽しみとなり、様々に変化し誇張されて今に残る。

私も歌舞伎を始めた頃、30年も前か、市内のさる高級クラブの人に、

歌舞伎の白浪五人男の扮装と「勢揃」の所作を頼まれた事がある。

夜、馴染みの客に披露するのは勿論、

昼は大須観音で節分の豆まき。

それで水商売の中で「お化け」なる祭りがある事を知った。

さて、大須の話。

七月の末頃、私が大須で最初に住んだ町内「仁王門通り」Nさんから、

「急で悪いけど、今度の夏祭りのことでちょっと原さんの知恵貸してくれんかな」と電話。

「ハイ」と二つ返事で夜の集まり(飲み屋)に顔を出す。

そこで出たのが「お化け」。

今年の夏祭りは、いつものサンバカーニバル、盆踊りに加え、

今年の委員長のYさんの鶴の一声で「お化け」の行列を出すこととなった。

大須は十月の「大須大道町人祭」始め祭事が多い。

又、商いの催事も多い。

そうしたことに走り回るのは、大体決まった人達だ。

年中休む暇もない。

実にマメでポジティブ。

今回の「鶴の一声」は、さらに「一等賞は賞金10万円!」。

ドピューン、皆目が輝いた、金色に輝いた。

それで私の所まで連絡がきたのだった。

普段だと「Yさん又余分な事言い出して〜」と眉が八の字になる所、今回は違う。

目を爛々と光らせ、自由闊達な議論。

ビールもつまみも全然減らない。

私も久し振りに町内談合に加わるので、椅子の上に正座して思う所を述べた。

今日は皆思いの丈を述べ意見集約。

次回、具体的に行動に走る事となった。

後日Nさんより「仁王門通りの名を生かし仁王門様が化けるがテーマとなった。

ついては原さんには多種多様な仁王門様の顔を描いて欲しい。

カッと目を剥いたメイク、頼む。」との事。

この町内の持つ「変装力」はスゴイ。

歌舞伎用舞台用化粧品まで揃った「大門屋化粧店」。

大須で一番大きな古着専門の「中野呉服店」。

歌舞伎歴40年メイクの達人「私」。

五日後2回目の談合(同じ町内の別の飲み屋)。

変装道具の一部を持ち込み喧喧囂囂の大談合。

そのうち物は試しとメイクに挑戦。

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「うーん、エプロンおばさんの仁王門様か、どう描くんだ?」悩む私。

「おい、他の客おるぞ、ええか?」の声も無視、

まず、顔を赤く塗る、黒い色で達磨の顔を描く要領で眉、目張り、鼻筋、口を大きく割る。

勢い良くズバズバ描く、思いの外上出来だ。

「ヨシ、顔ハイケルイケル」と皆ノリノリ。

ただ歩くだけではつまらんで、

「音の出る鉦太鼓は」

「口上言うか」

「手にはなんか持っとらんと様にならんぞ」

「そこの百円ショップでホーキとハタキ買ってこい」

などなど、皆祭なれしているので行動が素早い。

ひと段落した所でライバル5町内の情報をチェック。

〇〇はうちの店で白い着物よーさんー買ってたで、ユーレイ作るんだって。

□□は親子で喧嘩して割れとるらしい、親父さん店の前でろくろ首作っとるて、お化けを勘違いしとるだて。

××のIさん虫かごとタモ買ってたらしいぞ。

もう大笑いの連続。

こんな談合を飲み屋で数回行う。

談合費は賞金10万円をアテにしているらしい。

つづく。